長野まゆみの箪笥のなかを読む。

家を選んで主人公の家に来たような箪笥。
古い家具って人を呼ぶんだよな、主人公の弟は根拠もなく決めつける。
今時の講談社文庫の中の世界は、時を越え、場所を飛び、不思議な空気をまとっている。

以下、私事だが、生家は戦後の焼け残りの借家だった。
夜は木の正しいちゃぶ台に正座をさせられ、三代そろって食べていた。
直径1メートル半はあっただろうか、子供にとっては巨大な円卓だったが、あぐらが許されるのは祖父と父だけだった。
木の家、木の階段、ぼんぼん時計、どれも本物の木でできていた。
天井の模様も木目だった。

親のマイホーム購入の際、引越しについてこなかったと知ったときのショックは今も忘れない。
新しい家はラワンの床で、キッチンにはテーブルと椅子が並んでいた。
ぼんぼん時計は寝室に吊るされた。
扱いが難しいからと子供には巻かせてもらえず、いつまでたっても高嶺のぼんぼん時計だった。

家を出て、知らないうちにあの時計も消えていた。
古いもんやったからなあ、と母が言っていた気がする。
今度電話したときに聞いてみよう。

そんなことを考えていたら近所からボンボン時計をいらないか、という連絡があった。
好事家が蚤の市で見つけ、修理をし、直すだけ直したら飽きたらしい。
引越しついでの処分品の中のひとつだという
貰い受ける約束をして数日後、ふとアパートの四階から道を見下ろすと、入ってきた知人の車の後部に積まれたぼんぼん時計と目があった。
うちの"箪笥"になるのかな。

と、思っていたらボンボン時計のおまけで、なぜか腰高箪笥も持ちこまれた。
西洋の腰高箪笥は、測ると高さが1メートル。和物より30センチちょい高かった。
抽斗(ひきだし)を開けるのは、後のお楽しみにおいておこう。


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