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定休日開けの金曜朝、客足の合間にスーツを並べなおしていると、いきなり店長が姿を現した。
「来月から2も扱うことになったから」
働く女性をメインの顧客層とするアパレルとしては、少々場違いなブランドだった。

「芦屋、山の手のマダムはこの店には来ませんよ。第一、2って、桁違いで 」
言おうとしたとき、女の子の二人連れが入ってきた。
高校生か、もしかしたらもう少し下だろうか。
女の子たちはこれかわいい、あれいいね。今度の発表会、これは? とか話しながら無造作に商品を広げる。
あぁまた仕事が増える、思いつつ見ていると、もう一人の子が
こんなのタケジとのご飯のときに着たいなぁとかいいながらさりげなく友だちの後を手馴れた風に片付ける。
このふたりはいつもこういう役割分担があるのだろうか。
続いて会社の制服姿の女性が入ってきた。
女の子たちはストールと薄手のセーターを買うと、「おじいさまへ贈るワイン」の話をしながら出ていった。
女性はウィンドのスーツの色違いを聞いてきた。
いつの間にか店長は他のお客に捕まっている。

昼休みの一波が去ってから、店長が「お昼遅くなって悪かったわね。いってらっしゃい」とやっと地声になった。
「ありがとうございます」言いはしたが、2の話が気になっている。
どうしてうちが扱うんですか、と聞いてしまった。
ここはどう見ても庶民の店だ。

「私だってなにがなんだかわからないんだから。昨日いきなり本社から呼び出されて、全店くまなく並べろ、なのよ。社長直々のご通達で。
前日契約を結んで、それからすぐに経営会議。方針決定直後に全国の店長に緊急召集かけたんだって。話を寝かすことを知らないのかしら。
トップは連日夜通し会議で、目がこーんなに腫れてたのよ」
話す店長もむくんでいる。
いくら神戸から東京が近くなったといっても、いきなり来い、こうしろああしろ、はい働け、は大変そうだ。

「で、これがカタログ。好きに注文して。初美ちゃんのセンスに任せる。私はもう今日頭動かないわ。この年齢で24時間神戸東京二往復はきついんだから。
渡されたカタログは表紙が真っ白。見た目はなんの変哲もないノートに見える。
それも薄い。
手にとりながらふと気がついた。

「二往復ってどういういことです?」
「旦那の辞令がおとつい出たのよ。東京転勤。宮仕えの悲しさね。あっという間の単身赴任。引越し先見に行って、帰りの新幹線の中で東京召集のメールを開けたの。京都出たところだったわ。
そのまま新大阪で引返したから、正確には関西東京二往復だわ」

店長は四十代中盤のはず。そんなパワーはどこから来るんだろう。

「そうそう、本社がまずこの予算でやってくれって。注文方法はカタログの中にあるらしいわ。なんだかずーっとばたばたしてて、私は見てないんだけれど、初代(はつや)ちゃんなら大丈夫よ」
「あたし、そんな大物扱ったことは今まで」
学校帰りの女子高生がどやどやと店に入ってきて、そのまま話はたち切れになった。

デパートの地下で夕食を選び、多少においを気にしながらも電車に乗る。三駅だ。許して。
小走りに降りて五分。アパートの階段を昇り、鍵を開けて戸口にバックをおき、さっそくカタログを広げた。
薄っぺらいノートの開いたところに、社外秘の判子が押してあった。
カタログを片手に部屋の換気に窓を開ける。
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店で見たかったのだが、今日は結構忙しく、中を覘く暇もなかった。お昼も食べていない。
噂で聞く、富豪ご用達ブランドだ。
服の販売をはじめて3年になるが、それからもその前も、実物にはお目にかかったことがない。
元々はアメリカの紳士服店。議員限定のスーツを扱いはじめたというが、あっというまにヨーロッパ展開。今ではトップクラスのステータスアイテムだそうな。
その割にはロゴがない。ファッション雑誌にも出させない。
ショーもない。
ビジネスランクはトップクラス。
神話のブランドだ。


それをうちの店で扱えるとは。
どう飾れるか。
カタログをめくろうとした。
ノックの音がした。


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