昭和お食事処

向田邦子

脚本家、エッセイスト、小説家。魚を焼くのは小さい頃からお手のもの。
酒のつまみについては一言があり、口ばかりではなく実技にも長け、
料理全般なんでも出来て、おいしい味は盗めるほど。
実は小料理屋の女将だったほど食べることにはこだわって、
それに何より描写力。

"「世の中に、あんな豪華な弁当があるのかと思ったね」
色どりといい、中身といい、まさに王侯貴族の弁当であったという"
(無名仮名人名簿より「お弁当」)
と書かれれば、どんなお弁当か想像だけが膨らみ、
森繁久弥さんが膨大な台詞をしゃべりながらカニを手際よくせせり、
ついでに息子役の竹脇無我さんの分まで用意してやり、
いいところは自分でパクパク食べるという描写(対談中の談話)、
戦争で、命拾いをした後の天麩羅が、どれほどおいしかったかという話。
ベルギーのレストランで赤ワインに魚料理を食べる人の話。
どれを読んでも食べることに対する愛がひしひしと。

そういった話が流れを持ったエッセイの中にそこここに書き綴られている。
たとえば「父の詫び状」の中の"あだ桜"では
"お伽噺(とぎばなし)というのは、大人になってから読むほうが面白い"、と
一寸法師から始まって桃太郎、ここで小学生だった作者はお櫃の上で国語の宿題をやっている。
そこから"若い時分は遊芸ごとを好み、母が嫁いできてからも、色恋沙汰のあった"祖母の話となり、
浦島太郎が"白髪のおばあさん"になってしまった話となる。
次に舞台はテレビ局の印刷場の前でぎりぎりに台本を書く著者の話となり、
(ここで著者はお昼の箱弁当の上で原稿を書いている)
そして最後にしなければならないことをあと送りにし、まだ大丈夫、明日があると思っているうちに、と締めくくられていく。
どの章も、作者の思い出がよみがえっていった末に最後にきれいに収まるのだ。
初めて書いた随筆のひとつだそうだが、ダテにその前約二十年、ラジオ、テレビの台本を書いてきたわけではない。
この人の話の展開は、一行一行を読ませながら全体が見事にまとまっている。

もう少しストレートなエッセイとしては、「夜中の薔薇」に入っている「手袋をさがす」、
二十代、人生の分岐点にあったことが書かれているが、これこそ
教科書には載らないかもしれないけれど、生き方のお手本ではないかと。

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略略略略略略歴

生まれて初めて自分で選んで買った本は良寛様、
学習雑誌を楽しみに育ち、
「夏目漱石全集」や「明治大正文学全集」「世界文学全集」をわからないながらも読みふけった小学生だった。※1

学生になると小学校三年生の妹の作文を手伝い、
"書き上がった作文を読んでみると、作文は私が感じたように九歳の子どもが使う言葉で書いてあって、「ああ、作文というのはこんな風に書けばいいんだ」"と妹から心底感心され、
その六年後、ふたたび代筆したのは
"退院して帰ってきたときの様子と自分の気持ちを、外灯の明るさと、家庭の明るさという色にたとえて、見事に書き上げていた。"作文。
"姉は私が難しい言葉を知らないのはよく知っていたから、一切難しい言葉を使わずに、とてもやさしい話し言葉で書いてあった。"
※2

その間受けた出版社の入社試験では、試験官は怒鳴ったのだった。
「これだけの文章書けるやつ、うちの社にはいねぇぞ」※3

二十代後半に出版社勤め、ラジオの原稿書き、週刊誌のルポライターと三足の草鞋を履いた時期もあったが、自然とテレビドラマ一本に道が絞られていった。※4

四十代半ばで大病をし、その手術後に初めてエッセイを書きはじめる。

※1 夜中の薔薇 向田邦子著より
※2 向田邦子の青春 向田和子著 文春文庫 より
※3 向田邦子の手料理 向田和子監修 講談社編より 
※4 夜中の薔薇 向田邦子著より

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著作のごくごく一部の紹介。

エッセイ
内容が密に詰まった本、昭和の家族史代表とされる「父の詫び状」(文春文庫)
「眠る杯」(文春文庫)
「夜中の薔薇」(文春文庫)


小説
短編集「思い出トランプ」(新潮文庫)
戦時中を舞台とした二家族の友情、愛情、結婚とは?「あ・うん」(新潮文庫)


対談集
谷川俊太郎、倉本聰、竹脇無我他全17名との対談集「向田邦子全対談」(文春文庫)
これは、まえがきからあとがきまで心を打つ。

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