本の棚 

小川糸

食堂かたつむり


あら出ていたのね。
話には聞いていた、でも内容は聞かないようにしていた小川糸さんの「食堂かたつむり」を図書館で見つけた。
残念ながら仏訳(お国柄当たり前だけど)
でも、田山花袋や宮本武蔵、村上春樹だけじゃなく、、ここ数年、容疑者Xの告白やベルカ吠えないのか、卵の緒、小川洋子の象など、ふつーの本が訳されはじめてうれしい。
ジュテームスープはスープダムール、ふくろう爺がアンクルふくろう。 蛍光灯はネオンでいいとしても、ヌカ漬けや炊いたご飯を入れるおひつの訳には苦労が感じられる。
そもそも題名が愛再発見レストラン(直訳)。レストラン・エスカルゴでもなく、オベージュ・デスカルゴでもない。
言葉も背景を背負っているのだと妙に納得。

こんな草食が日本で受けるのね、と読みすすめていったらバリエーションは広がり、多国籍から食物連鎖へ、それから簡易フードそして。
途中、母の希望をかなえ、実行し謝る主人公は愛らしい。
最近読んだこっちの本だと、こういうわだかまりはたいがい言葉もないまま消化され、フンとなって消えていく。
自然の中で生きていると、弱肉強食はあって当たり前のこと。

でも、自己正当化はしたいよね。

天井裏にフクロウを住ませる、おかんの気持ちがよくわかる。
わたしならヘビを這わせる


なにはともあれ、一日一客って、家族を食べさせる行為に限りなく近そうだ。料理が好きならこうなるかも。
山菜、カレー、フレンチにサンドイッチ、ビスケット、ホットチョコレートと彩りよく配置され、その隙間を好きなもので並べる。金銭に糸目をつけず、納得のいくものが最終的には見つかり、心ゆくまで揃えられるのは夢の醍醐味だ。
読み終えて一日後に思い出した。
そーいえば家にお客を呼ぶディナー業を、ニュースでやってた。
ネットで案内を出し、それを見た人が連絡をする。
映像は、カメラを意識してかもしれないが、呼ぶほうも呼ばれるほうも完全によそ行きモードだった。
正装した若い男女4名が教えられたアパートに入る。古い木の階段をのぼり、ふつうの家のドアをあけると、レストランさながらのサロン。間接照明、テーブルクロス。グラスに銀食器、そしてコース。

バカンスの家交換、ツーリストホーム、ベット&ブレックファーストは古くからある。夕食ご招待があってもいいじゃないか。
かたつむりと違うのは、店と住居が一体化しているところ。そして呼ぶほうも一緒に食事をして、会話を楽しむこと。

閉じられた空間でひとりで食べる。シェフがこっそり覗き見する。かたつむりを読んだ人はどー反応するんだろう。聞いてみたかったが話題はあっという間にそれていった。そうだここはそういう国だ。声がないならメモ書き、手話だ。身振り手振りが派手なイタリアも近い。
何かの拍子に日本文学はひとつの話を掘り下げる、と言われたことがある。
あんたらが話題を移しすぎなんだよ。言いたかったけれどそれはそれでまた楽しく話は広がっていく。
ちなみにフレンチ表紙はこう。


Ogawa ITO
Le restaurant de l'amour retrouve (最後のeにアクセント)

ゆめりすとを読んだときのように、頭の中でジョン・レノンのイマジンが流れる。
夢だと人は言うかもしれない。
でも、宝くじは買わないと当たらない。
夢は見ないと叶わない。









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