ピーター・ウィムジイ卿 シリーズ

ドロシー L.セイヤーズ (Dorothy L. Sayers)

誰の死体?
雲なす証言
不自然な死
ベローナ・クラブの不愉快な死
毒を食らわば
五匹の赤い鰊
死体をどうぞ
殺人は広告する
ナイン・テイラーズ
学寮祭の夜
忙しい蜜月旅行※※
ピーター卿の事件簿1※※
ピーター卿の事件簿2※※
シリーズ外
箱の中の書類


おいしい場面

※「ドロシー・L・セイヤーズ」は浅羽莢子氏の日本語訳(東京創元社)を元にしています。

「ピーター卿には世界そのものが脇道からなる楽しい迷路に見えていた。」
雲なす証言より


貴族探偵ピーター卿は、家柄よろしいおぼっちゃま育ち。次男坊で家を継ぐ心配もなし、一昔前のイギリスで、趣味に追われる悠々自適の日々を送っている。
この趣味が探偵業、クリケット、ワイン、グルメ、古書収集、鐘つき等々。
事件の本筋より、ピーター卿が生やす枝葉のほうがおもしろい。
推理小説の命はトリックと展開。けれども脇道も見逃せない。
聖書やシェークスピア、詩、はやり歌から時事ネタまで引用にあふれ、第二次世界大戦前のイギリスの香りが蔓延。
引用、英語特有表現に軽い注釈がついていて、読みながら少しオリコウになる気がするのもうれしい。
「誰の死体」から「学寮祭の夜」まで浅羽莢子氏訳であることもおすすめ理由のひとつ。
-----------------

シリーズは順番に読むべき?

「殺人を広告する」は長編を少なくとも一冊読んでから。それも短編集を読む前に読んだほうがいいかも。 (読んでいなくても途中からバレバレでもあるが)

それ以外は、順番に読むのもよし、各巻どれもテーマ、場所、雰囲気等が違うことので好きな本を単品で取ってもよし。
巻を追うとピーター卿も周りの人間も成長するのですが、そこは帰納法ということでお茶も濁せます。
逆向きに読んでネタバレになるのは男女の仲くらい。(重要?) 
まぁ、堅いこと言いっこなしといきませんか。
-----------------

著者経歴: ピーター卿の事件簿1のあとがきにあり。かなり個性的な方だったらしい。
         そこを元にした超略歴はここ

誰の死体? (1923) 東京創元社、創元推理文庫 1993年 浅羽莢子訳 Whose Body?
ピーター卿のフラットに母君から電話が入る。       おいしい場面付き
「お風呂で死体を見つけてしまったんですって」
死体は全裸、ただ高価な金縁の鼻眼鏡をかけていた。

一方、体格の似た名士が着衣を身に着けずに失踪。 
このふたつの事件は、いったいつながりがあるのだろうか。

ピーター卿は万難をなぎ倒しながら、名士の宅々を訪問し、従僕のバンターとともに事件の解明に突き進む。途中に引かれたさまざまな伏線が、いつの間にか謎の解明に結びついていく。

フラットの場所はロンドンのピカデリー、母君は「デンヴァー先代公妃」、電話は接続が悪く交換を通し、その傍らには従僕が控えている。盛り上がりを焦らすためにわざわざピーター卿がバイオリンでスカラッティを演奏したりして。
どこからどこまで時代がかり、ノーブルな設定なのか。
一方ふつうの人がピーター卿の豪華フラットにやってくると、ピーター卿はこちらに合わせて豊富な話題でもてなしてくれる。
やっぱり、小説は夢を見せてくれなくっちゃぁ。

-------------------------
難があった点:登場人物のカタカナの名前。名士やらその妻やら従僕やらが入り乱れ、混乱してしまうこと数回。人物一覧がカバーの折り返しにあるなかったら、最後まで読み通せなかったことでしょう。

雲なす証言(1926) 東京創元社、創元推理文庫 1994年 浅羽莢子訳 Clouds of Witness
                                       おいしい場面付き

「僕が我が家の探偵としてかぎまわり始めたよ。ものすごくわくわくしている」(本文中より)

----------------
前回の事件解決後、医者の意見を聞き入れて療養の旅に出る。手紙も電話も電報も拒否し、コルシカ島にて3ヶ月。ようやく意気が戻ってきたところで俗世界パリに到着。そこで目にしたものは、兄が殺人容疑で逮捕されたというニュースだった。
亡くなったのは妹の婚約者、現場はヨークシャーのお屋敷。母君、兄嫁、妹に加え足止めされた泊り客四人をまじえて、ピーター卿は警察官パーカーと調査を開始。

調査は屋敷から周囲の荒野やら沼、農場やら羊用の小径に及ぶ。一件の農場には「細君もえらいのと結婚したものだ」と言わしめる輩が住んでいた。

兄は無実を主張。やらなかったことに問われる筋合いはないと居丈高。一方容疑者はもうひとり浮かんでくるのだが。

---------------------
今回は一見ノーブルお貴族編。しかし周囲の人間もおろそかにできない。
場面の移り変わりは激しく、英国のB宮殿や海のはるか彼方にもおよぶ。展開もあわただしく、飽きることない一冊でした。

不自然な死(1926) 東京創元社、創元推理文庫 1994年 浅羽莢子訳
Unnatural Death (米題:The Dowson Pedigree)
                                      おいしい場面付き

疑わしい死因に、死亡証明書を書く羽目になった医師の話を食事のネタにするピーター卿とその友人、そこに一人の男が話題に入ってきた。
男はそれが原因で職を追われたという。ここだけの話だからと男は名乗らずに帰るのだが、ピーター卿の好奇心はそんなことでは収まらない。

裕福な老女が病死、遺産は唯一の身内で老女の世話をしていた姪に残された。他に長く世話をしていた看護婦、家政婦たちは、老女の病死前に皆厄介払いをされていた。
「犯人は○○だ」
ピーター卿は断言する。
殺人とも証明できないこの一件、どう解明していけよう?

------------------
どきどきどきどきどきどきどきどき
さりげない伏線がラストでどどどと明らかになり、盛り上がること盛り上がること。
あの自分の意見の正しさに誇りを持って、頭のよさを隠してやまないピーター卿が足をすくわれ、裏をかかれ、現在進行形の殺人事件に振り回される。

ミステリ、サスペンス、どんなジャンルに入れられる作品であれ、これが1926年に書かれた作品とは。
いやぁ、読んでいてこんなにどきどきしたのは、コーベン以上かも。
これはおすすめの★★★★★。
セイヤーズの冷めた人間観もちょっと怖かったです。
トリックが使い古されている? 第一次世界大戦後、出版当時に読めなかった自分の若さをお呪いください。

ベローナ・クラブの不愉快な事件 (1928) 東京創元社、創元推理文庫 1995年 浅羽莢子訳
The Unpleasantness at the Bellona Club
                                    おいしい場面付き

第一次世界大戦休戦(1918年11月11日)を記念する日、混みあうクラブにて、老いた将軍が人知れず息を引き取っていた。
その遺産相続人である妹も時を前後して同じ日に病死。
妹の残した莫大な遺産は、生きていれば将軍が引き継ぐことになっていた。
どちらが先にこの世を去ったか、遺産待ちの人々にとってそれは大きな問題だった。

一族の事情を追いながら、事件解決に励むピーター卿、と思っているうちに、まだ半分もページが残っているところでお題解決!?
あと半分は実は実は。
一冊で二度楽しめる本です。

------------
クラブ、休戦記念日については「おいしい場面」参照
                                       たわごとにたわごと付き。

毒を食らわば (1930) 東京創元社、創元推理文庫 1995年 浅羽莢子訳 Strong Poson

                                           おいしい場面
ある36歳の作家が毒殺された。
逮捕され、裁判にかけられているのは作家と数ヶ月前まで同棲していた29歳の女性探偵小説家。
容疑者は数回にわたり、偽名で毒物を購入していた。

その後ピーター卿は捜査に乗り出し、刑務所にいる容疑者に会いに行く。
聞きとりもそこそこ、ピーター卿は容疑者にプロポーズ。
ひと月後には刑に処されるかもしれないというのに。
手がかりは何もない。

--------------------
自殺か他殺かすら見極められない謎、
長い裁判シーンからして飽きない展開、(飽きさせない陪審員がいる)
処刑まであと一ヶ月となりそうな容疑者に心を奪われたピーター卿、
こんなに行き詰るときは、ピーター卿の秘蔵しているマドモアゼルたちの登場です。
なんだか途中から事件の真相より、周りの恋の行方、マドモアゼルたちの活躍、“あやしげ”な降霊術に惹かれてしまいました。
                                         たわごとにたわごと付き。

五匹の赤い鰊(ニシン) (1931) 東京創元社、創元推理文庫 1996年 浅羽莢子訳 The Five Red Herrings (米題:Suspicious Characters)

                                   おいしい場面追加予定

誰もが誰もを知っている。誰も彼もが画家か釣師だ。風光明媚なひなびた村でひとりの嫌われ者ががこの世を去った。
一見崖からの転落死。しかし村に滞在していたピーター卿はその死に疑問を持つ。
警察の協力もあり、ピーター卿はまたもや事実解明に乗り出した。
しかし、「みごとな動機のある連中なら半ダースは思い当たる」

今回は助っ人のタイプ代行業社もパーカー警部も見当たらない。前回の恋愛沙汰の気配もない。田舎町でピーター卿みずから事件にいどむ。 (それでも面倒な作業はすべて“警察”まかせ。)
しかしまあ、疑わしい人間が多い。そろって動機たくさん、アリバイ皆無、職業絵描き。そして誰も彼もがいい齢をした男性ばかり。
みなさん続々ウソをつき、コトを起こして渡り歩く。
--------------------

山、川、崖という風景の中、おじさんが山ほどでてくる。
西村京太郎のような鉄道ミステリ? という面もあり。
おじさんたちの行動にまつわる細かい時間と場所がめまぐるしく、途中はかなりダレたけれど、クライマックスのラスト二日で、これを一気に盛りかえす。
特に警察長の活躍に拍手喝さい。

読んでいるとスコットランド地方の村にどっぷり漬かれます。
車はあるが電気がない時代。闇に浮かぶ灯かりが幻想的。

死体をどうぞ (1932) 東京創元社、創元推理文庫 1996年 浅羽莢子訳 Have His Carcase

                                   おいしい場面追加予定
舞台は海。
今をときめく女流推理作家、ハリエット嬢が徒歩旅行中、人里はなれた岸壁で死体を発見。
民家を探し、道連れになる人と出会い、電話を探しとしているうちに三時間が経過、岩には潮が満ち、死体は海に流された。

第一発見者として足止めを食うハリエット。(みずから進んで、という感もあり)
そこに舞い込んできたのはピーター卿。
自殺とも他殺ともつかない事件を他殺と決めつけ、ピーター卿は捜査を始める。
どうもこの“被害者”、ロシア生まれのプロのジゴロで大金持ちの後家さん(中年の息子もち)と結婚を二週間後に控えていた。

どうして“被害者”は身分違いな一級品のかみそりをもっていたのか?
どうして生前、金貨を購入していたのか?
ロシアの生まれがなにかを意味するのか?
調べるにつれ、奇怪なことが次々浮かび上がってくる。

そして容疑のありそうな人間は、どう考えても犯罪を犯すほどの頭脳がない。
それに鉄壁のアリバイがあった。
------------

604頁と分厚いけれどあっという間に読めた。
展開も飽きさせないがなにより雰囲気。幅広い年齢層の女性が登場するというだけで、物語がこんなに華やかになっていいのでしょうか。
(前作はおじさんまみれ)

殺人は広告する (1933) 東京創元社、創元推理文庫 1997年 浅羽莢子訳 Murder Must Advertise

                                   おいしい場面
これを読む前にピーター卿シリーズの他の長編を少なくとも一冊は読まれることをおすすめ。
短編集は後にしたほうがいいかと。
-------------------------
広告代理店では噂とおしゃべりが花盛り。どこからコピーをあげる時間がでてくるのか(でもきちんと書きあがる)。そこに入ったひとりの新入社員、ブリードン氏、よくしゃべり、よく書き、そして2フロアある社内を探検する。
社内のらせん階段で先日社員がひとり、転落死をとげていた。

社内をかぎまわり、勘当された貴族娘の仮装舞踏会に出むき、走り回るが、目的は読み手にとってまったくの霧の中。
「事故死を他殺にしたい」だけではないらしい。
そうこうするうち麻薬の気配がちらつき始めた。尻尾を出した人間が次々と消され始め、ブリードン氏の後ろにも。
------------------

セイヤーズが働いていた先も広告代理店。
でてくる細かいエピソードは、実体験? それとも小説?
見せどころが多い話で、幕切れのよさは映画なみ。

ナイン・テイラーズ (1934) 東京創元社、創元推理文庫 1998年 浅羽莢子訳 The Nine Tailors

                                   おいしい場面追加

雪の降る大晦日の黄昏時、教区長(牧師)宅で宿を借りることになったピーター卿、いつの間にか新年の鐘を鳴らす一員に加わっていた。大聖堂と見まごう教会で真夜中から九時間、八つの鐘が鳴り響く。

この小さな村ではその昔、エメラルドの首飾りがロンドン男に盗まれるという騒動があった。首飾りの行方は今も知れない。

さて、ピーター卿が村から離れて三ヵ月後、墓地で死体が見つかった。埋葬された棺の上に埋められていたのだ。いったい誰が、誰を何のためにいつ埋めたのか。どうしてそんな場所に?
二つの謎を追って、ピーター卿は村に入る。

-----------------

様々な伏線がラストにはみごとにひとつになる。
小さな村の壮大で壮厳な話。
食も充実。

学寮祭の夜 (1935) 東京創元社、創元推理文庫 2001年 浅羽莢子訳 Gaudy Night

                                   おいしい場面追加予定

母校オックスフォードに来ている探偵作家のハリエット、同窓生に会ったり、懐かしい職員に会ったりするうちに、下品な落書きを描いた紙切れを拾います。
うちに来る嫌がらせの手紙のこともあり、ピーター卿とけんかまでして。
そんなところに母校から助けを求める手紙が来ます。
学舎内でさまざまなトラブルが起こっていると。
嫌がらせ、破壊行為、落書き。
警察沙汰にするんは大学の名がすたる。なんとか首根っこをつかまえようと、ハリエットは大学に乗り込むが、いつも犯人はまんまと逃げおおせる。

-------------------------------
大長編。ミステリとしてより、著者の「男女観、結婚観、恋愛観」があふれ、一行一行にシビアな物の見方が書かれている。
結婚はしたが、その後、世間にはその話題にはひたすら触れず、広告代理店と執筆業に専念したという著者。
一体何を考えてこんな一言を言わせたのだろうと、数ページおきに突っかかってしまう。
細かいところでは男性よりは女性に面白い本かもしれない。

半分以上過ぎてやっとピーター卿登場。
話のテンポが上がってくるのはその辺りからかと。

※※ジャスト インフォ※※ 
「忙しい蜜月」はハヤカワポケットミステリから深井淳氏訳で、
箱の中の書類は同じくハヤカワポケットミステリから松下祥子氏訳、
ピーター今日の事件簿1、2は創元推理文庫から宇野利康氏の訳で出版されています。

HOME 本の棚